千葉城 chiba-castle 千葉県千葉市亥鼻町

土塁/二の丸跡に建つ4重の模擬天守/工事で移動中のお茶の水/胤重寺は常胤の孫・武石胤重のために建てられた(左列)
かつては物見台があり東京湾が見渡せた「明神社」/千葉介常胤の銅像/康正2年千葉家の内紛の後康胤によって建立された智光院(右列)

お茶の水
千葉常胤(つねたね)が源頼朝に茶を献じたという伝説があるが、日本に中国から茶が伝わり喫っするようになったのは後年のことなので真意のほどはさだかではない。
江戸時代に徳川家康が鷹狩のおりここに立ち寄り湧き水を賞賛して以来、他の人が飲むのを禁じたという話しもある。


別名 猪鼻城 築城年代 大治元年(1126)
縄張・種別 ---/平山城 築城者 千葉常重
遺構 土塁
復原 模擬=天守(千葉市立郷土博物館)
国指定 ---
攻城年月日 2004/3/20


【歴   史】
大治元年(1126)千葉常重の築城、千葉氏の本拠地であった。
文明年間に本佐倉城(印旛郡酒々井町根古屋)へ移るまで、鎌倉・室町時代にかけて13代・330年居城とした。
千葉氏は桓武天皇の血をひく一族で、祖は千葉恒将(つねまさ)。平安時代は下総国(千葉県北部)国府勤務の役人だったが、源頼朝が挙兵するにあたり尽力したので、鎌倉幕府成立後は頼朝の信頼を得、重用された。
名門でありつづけたが内紛で衰退し、天正18年に豊臣秀吉の小田原征伐で北条方に加担したため滅亡した。

佐倉城寺崎城を参照。

photo:あられ


Back
Home