別名 |
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望湖城 |
築城年代 |
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慶長6年(1601) |
縄張・種別 |
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梯郭式/水城(湖城) |
築城者 |
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徳川家康 |
遺構 |
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天守台跡・掘 |
復原 |
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復興=門 |
国指定 |
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攻城年月日 |
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2006/6/4 |
【構 え】
要害堅固な水城として琵琶湖に突き出た半島に築かれた。
本丸には4層4階の天守がそびえ、湖面に映えた姿は風雅なものであったという。
日本三大湖城に数えられる(島根県=松江城・滋賀県=膳所城・長野県=高島城)。
【歴 史】
関ヶ原合戦の翌年、慶長6年(1601)徳川家康が天下普請第一号として諸大名に築城させた。
関ヶ原合戦に際して大津城は西軍の攻撃に落城。近くの山から俯瞰されてしまうという欠点があったのだ。そこで≒3KMほど離れたこの地に新城を構築。京都の東側の守を固めた。
まず、大津城主であった戸田一西が3万石で入城、膳所藩の初代藩主となる。のちに菅沼・石川・本多と変わり明治維新に至る。
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