| 別名 |
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霞城 |
築城年代 |
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明応8年(1499) |
| 縄張・種別 |
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---/山城と平山城 |
築城者 |
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赤松政則 |
| 遺構 |
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曲輪跡・堀切・石垣 |
| 復原 |
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復興=城門・多聞櫓・土塀 復元=御殿 |
| 国指定 |
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| 攻城年月日 |
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2007/9/11 |
【歴 史】
明応8年(1499)播磨国の守護大名・赤松政則が鶏籠山(keirou-san)上に築城した。赤松氏4代が居城。
天正5年豊臣秀吉の軍門に下り開城。天正11年(1583)には僅かに1万石を安堵されるにすぎない小大名にまで没落してしまった。秀吉は石川光政を城主とし城を麓に移した。天正9年蜂須賀氏が入城、改修工事を行った。
関ヶ原合戦後は池田輝政の領国となり城代を置く。後に、本多・小笠原・岡部・京極の諸氏が入封するが、京極氏が丸亀(丸亀城)へ移封になると一時廃城となった。寛文12年(1672)脇坂安政が城主となり、新たに城を構築。以後、10代・198年在城。
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