別名 |
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小牧山城 |
築城年代 |
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永禄3年(1563) |
縄張・種別 |
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---/山城 |
築城者 |
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織田信長 |
遺構 |
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曲輪跡・石垣・土塁 |
復原 |
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模擬=天守 |
国指定 |
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攻城年月日 |
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---・2006/10/7(右) |
【歴 史】
永禄6年(1563)織田信長が濃尾平野に浮かんだ標高85.7mの小牧山に築城。美濃攻略の為、清洲から移る。
永禄10年(1567)信長は斎藤竜興の岐阜城(稲葉山城)を攻略、小牧山から居城を移す。小牧山城は廃城となり小牧城下町は衰退するが、かなりの規模を持つ町場がまだ存在していたという。
天正12年(1584)小牧・長久手の合戦が起こり、豊臣秀吉と織田信雄・徳川家康連合軍が戦う。家康は、小牧山の信長の城跡を改修し、陣城(戦のための一時的な城)を築く。
江戸時代には尾張藩が管理し、小牧山への入山は禁止された。
現在は天守閣を模した歴史資料館のほか、土塁、空掘、井戸跡が残り、5段に掘削された曲輪の形状がよく原型を保つ。
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