岩国城 iwakuni-castle 山口県岩国市横山

旧天守台
古式穴太(anou)積みに、戦国期の吉川氏独自の石積み技法を加味した≒20M四方の石垣。材質は1.5KM西南の護館神(gokanjin)周辺から切り出された石灰岩。上部が破壊されていたが近年修復された。(写真左)
大釣井(ootsurui)
本丸跡西の搦手にある。築城時に造られたといい、非常時に武器弾薬を収納したり、いざというときの脱出口を兼ねた井戸であったと伝えられる。

南蛮造りの天守
最上階が直下階より張り出し、その下階も直下階より大きく張り出している。
金帯橋
錦川にかかる木造の名橋。日本3奇橋(木曾の桟・猿橋)の一つに数えられる。別名「そろばん橋」。長さ210m、幅5m、アーチの高さ10.3m、5つのアーチはクギをいっさい用いず木組みで連結した特殊構造。延宝1年(1673)吉川広嘉が架設し、以来20年毎に架け替えられた。
武具博物館(天守内部)
太刀は長さ2m近くあり、刀身には凡字、柄の部分には葵の紋。
兜割は元祖警棒。


別名 横山城 築城年代 慶長8年(1630)
縄張・種別 ---/山城(陣屋) 築城者 吉川広家
遺構 石垣・陣屋土塁・旧隅櫓・長屋・侍屋敷 etc
復原 復興=天守・石垣・土塀
国指定 ---
攻城年月日 2000/7/20


【歴   史】
慶長8年(1603)から13年にかけて吉川広家が築いた。吉川氏は藤原鎌足の子孫源義経が祖といわれる。
元々は駿河国吉河邑を領していたが経高のとき安芸(広島)に移り、元経が妹婿にあたる毛利元就の妹と婚姻したので同族となる。関ヶ原の合戦でも毛利氏の前衛として活躍!
錦川を見下ろす横山の頂を本丸とし、南麓に居館を構え、本丸北の隅に4層5階の天守閣があったが、完成から約7年後の元和元年(1615)、徳川幕府の一国一城令で取り壊しとなった。
一国一城令とは全国の大名に発せられたもので、各藩は本城だけを残し支城はすべて破棄すること。以後新たに城を築く場合は必ず届をだすこと。修繕にあたっても同。このため周防(山口)一国は萩城を除き取り壊しとなった。

photo:ばつまるさん/上2葉・荒賀源外さん


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